半夜來一點🧅

(不能只有我看到!!)
鳥取県立境高等学校
令和7年度 卒業式
畢業生代表致詞
2026年3月2日
(連結在最後)
給偉大的爸爸,還有兩位母親。
我有兩位母親。一位是從我3歲開始,一直到今天養育我長大,今天也來到這裡的媽媽。
而另一位,是在18年前將我生下,賦予我生命的親生母親。
那位媽媽,在我還只有一歲的2009年春天,因為原發不明的癌症離開了人世。
我對媽媽沒有任何記憶。因為那時還未懂事,也不記得當時曾感受到失去媽媽的寂寞。
媽媽,你聽得到我的聲音嗎?
「給在困難時的大次郎——from媽媽」
這是媽媽寫給我的信的標題。
幾年前,我從爸爸的妹妹那裡收到了那封信,但打開後,裡面卻是空的。
聽說是在開始寫的時候,病情惡化了,最後沒能寫完。
聽到這件事的那一刻,我心裡湧上一股難以釋懷的感受。
但即使沒有那封信,那份來自媽媽寬大、溫柔又溫暖的愛,我確實已經收到了。
謝謝你把我生下來。
謝謝你曾想為我留下那封信。
你一定非常放心不下吧。但即使你不在了,我也被大家的愛包圍著,慢慢長大。
出生時只有2500g的小小身體,如今18年後,已經長成80kg的我。
在許多美好的緣分中長大,如今18歲的我,也找到了真正想實現的人生目標。
這一切,都是因為媽媽給了我生命。
謝謝你把我生下來。身為你的兒子,我感到非常幸福。
今後也請一直留在我的心中。
剛剛我說過,我沒有感受過失去媽媽的寂寞。
那是因為代替生下我的媽媽,拼命把我養大的,今天也在場的這位媽媽,全都是因為你。
你到底付出了多少愛,又承受了多少辛苦。
像我這樣任性又調皮的孩子,要把我養到現在,絕對不容易。
當你遇到爸爸,知道我和哥哥的存在時,想必經歷了很多掙扎。
但你還是說,要守護我們直到成年,帶著那份堅定的覺悟,一直陪著我們走到今天。
在這樣的場合我會叫你「媽媽」,但在家裡,我從來沒有這樣叫過你。
我一直都是叫你「あやこっち」(備註:「(名字)っち」是日本常見的暱稱,大概接近中文的「~仔」「小~」)。
對於在一歲時就失去「母親」這個偉大存在的我和哥哥來說,當時出現在我們面前的你,不是「媽媽」,而是「あやこっち」這樣一位女性。
因此直到今天,我都一直這樣稱呼你。
但有一件事,我一直很確定。
從我們相遇到現在,已經過了15年。我也終於18歲了。
在這個高中畢業、邁向成人的重要日子,
我想用從來沒有叫過的方式來稱呼你。
媽媽,謝謝你把我養大。
謝謝你3年來每天為我準備便當。
這15年來,由你養育的時光,是我人生最珍貴的寶物。
真的,非常謝謝你。
最後,是從我出生到現在,一直給予我強大而深厚愛的爸爸。
說到棒球。
謝謝你在我小時候,讓我加入夢想已久的棒球隊。
即使一路打到高中棒球,我常常覺得自己沒有天份、不適合。
明明小時候那麼憧憬、那麼閃閃發亮的棒球,卻變成覺得不快樂、覺得「為什麼還要繼續」、甚至想放棄的事情。
但只要能上場、打出安打的時候,看到爸爸默默地開心,我就覺得「原來棒球還是很快樂的。」
雖然最後沒能打出多麼耀眼的成績,但對我來說,棒球就是我的人生縮影。
就算不順利也要繼續做下去。
跌倒了也要再站起來。
珍惜身邊的夥伴。
為了一次成功,要經歷無數次失敗。
還有,朝著自己真正想完成的夢想前進。
就算像我這樣笨拙的人,也是因為爸爸讓我繼續打棒球,才能學到這麼多,成長到今天。
爸爸,是這個世界上唯一的我的爸爸。
謝謝你一直把我養大。
在這18年裡,有這樣偉大的爸爸,以及兩位重要的媽媽陪伴著我,
對我來說,是無可取代的幸福。
一直以來被保護、被支持著長大的我,
從今年春天開始,將成為航空自衛隊的一員,站到守護他人的一方。
或許會有很多不安和擔心,但因為我是被你們養大的孩子,我一定會堂堂正正地面對一切。
你們給我的恩情,我會用往後漫長的人生,一點一滴回報。
真的,謝謝你們一直以來的養育之恩。
大次郎 敬上
我的發言到此結束。
非常感謝大家
//偉大なお父さんと2人のお母さんへ
僕には2人のお母さんがいます。
3歳の頃から今日まで育ててくれて、今日もこの場に来てくれているお母さん。
そしてもう1人は、18年前このように僕を生み、命を与えてくれた産みのお母さんです。
そのお母さんは、僕がまだ1歳だった2009年の春、原発不明の癌によって天国へ行きました。
僕にはお母さんの記憶がありません。
物心がつく前だったこともあり、お母さんを失った寂しさを当時感じた記憶もありません。
お母さん、僕の声は聞こえていますか。
「困った時の大次郎へ さら母より」
お母さんが僕に宛てた手紙の題名です。
何年か前に父の妹から受け取り、その中を見ましたが、手紙は入っていませんでした。
書き始めようとした時に病状が悪化し、書き終えることができなかったと聞きました。
それを聞いた時、どこかやりきれない思いが胸を走りましたが、
手紙などなくとも、大きくて優しく温かい母からの愛を、確かに僕は受け取りました。
僕を産んでくれてありがとう。
手紙を残そうとしてくれてありがとう。
心配で仕方なかっただろうけど、お母さんがいなくなっても、みんなに支えてもらって愛情を深く育ててもらいました。
生まれた時は2500gだった小さな体も、18年間で80kgまで大きくなりました。
素敵なご縁に恵まれて18歳になった今、将来本気で叶えたいと思う目標もできました。
これは全部、お母さんが僕に命をくれたからです。
産んでくれてありがとう。
僕はお母さんの息子で幸せです。
これからもずっと、僕の心の中にい続けてください。
そして冒頭に、お母さんを失った寂しさを感じたことはないと言いました。
それは、産んでくれた母に代わり、僕を一生懸命育ててくれた、今日もここに来てくれているお母さん、あなたのおかげです。
一体どれほどの愛を注いでくれたのか、どれほど苦労してきてくれたのか。
わがままでやんちゃな僕をここまで育てることが簡単だったはずがありません。
父と出会って、僕と兄の存在を知った時、かなりの葛藤があったと思います。
でも僕たちが成人するまで必ず守り育てる、そう言って強い覚悟で今日まで支えてくれたんだよね。こういう場ではお母さんと言うけど、家では一度もお母さんと呼んだことがありません。
ずっと「あやこっち」という呼び方で呼んできました。
1歳の頃に母という偉大な存在をなくした僕と兄にとって、その時に現れたあなたは、お母さんではなく「あやこっち」という1人の女性でした。
その名残で今日までずっとそう呼んできましたが、間違いなく思うことがあります。
出会ってから15年、やっと18歳になりました。
高校が終わり大人になる、今日という節目の日に、ずっと呼んでこなかった呼び方で呼ぼうと思います。
お母さん、今日まで育ててくれてありがとう。
3年間弁当を作ってくれてありがとう。
あなたに育ててもらったこの15年間は、僕の人生の宝物です。
本当にありがとう。
最後に、生まれた時から今日まで変わらず、力強く大きな愛を注いでくれたお父さん。
野球の話になりますが、少年の頃、念願の野球部に入らせてくれてありがとう。
高校野球まで続けても、才能がない、向いていないと思うことばかりでした。
少年の頃はあんなに輝いて見えて憧れた野球なのに、楽しくないとか、なんでやっているんだろうとか、やめた方が楽だなとか、何回も思いました。
それでも試合に出してもらってヒットを打てたりした時には、お父さんが静かに喜んでくれて、それだけで野球は楽しいなって思いました。
最後まで華々しい姿は見せられなかったけど、僕にとって野球は生き様そのものです。
うまくいかなくてもやり続ける。
転んでも立ち上がる。
仲間を大切にする。
一つの成功のために、数えきれないほどの失敗を重ねる。
そして自分が本気で成し遂げたい夢に向かって生きること。
びっくりするほど下手くそな僕でも、お父さんが野球を続けさせてくれたから、こんなにたくさんのことを学び、成長できました。
お父さんは、世界で唯一の僕のお父さんです。
今日まで育ててくれてありがとう。
このように偉大な父親と、2人の大切な母に支えられて育ててもらったこの18年間は、何にも変えられない、僕にとって幸福そのものでした。
今まで支えられ守られてきた僕は、この春から航空自衛隊の一員となり、最前線を目指し守る側に回ります。
不安や心配は数えればきりがないと思うけど、あなたたちに育てられた僕だから、力強く真正面から勝負してみせます。
受けた恩は、これから先の長い人生で精一杯返していこうと思います。
本当に今日まで育ててくれてありがとう。
大次郎より
以上で終わります。
ありがとうございました。//

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